ロボット三葉虫くん

一念発起してロボット掃除機を買った。

ルンバというのが便利だとはかねがね伝え聞いていた。しかしルンバ君は正規特権階級の所有するものであり、お値段8万円である。

4万円のルンバ君もいる。諭吉4人分である。

どっちであろうがわたしには手が出ないシロモノである。

しかるにAmazonのタイムセールを見ていたら、あったのだ、ロボット掃除機8千円君が。

8千円ロボット三等兵くんは、ルンバ殿下と違ってご自分で充電器にご帰宅なさらない。ヤギ、ヒツジ、イヌ、ウマといった家畜でも放牧から自宅に戻るからそれ以下だ。

ルンバ殿下はご自分で室内の道を御記憶なされる。この辺りもウマ、ロバ、ヒツジ、イヌ、ヤギと同じである。

8千円ロボット三等兵くんは記憶しない。彼は行ったっきりだ。その辺実に三等兵である。

とはいえロボット三等兵くんはタイムセール8千円である。雇用費がとてもお安い。

彼はその廉価さだけで我が家にやってきたのだった。

ルンバ殿下をもってないから比べようがない。

しかしロボット三等兵くんの見た目は白い三葉虫である。尻尾のないカブトガニにも見える。

ロボット三等兵くんが三葉虫呼ばわりされるようになるのに3日とかからなかった。

三葉虫くんは電気を主食にゴミをおやつにしている。ルンバ殿下であれば勝手に胃の中のゴミを貯めたり吸い取ったりして数日くらいは手間がいらない。

残念ながら三葉虫くんは使用ごとに胃の中のゴミをさらってやらねばならない。でないとかれはゴミの取りすぎによる消化不良を起こし、あちらこちら動き回るだけでゴミを取らないネコのようなものに成り下がるのだ。

三葉虫くんはゴミを取ってあげたあと充電器に繋いでやらねばならない。ルンバ殿下なら勝手にご帰宅なさるが、三葉虫くんはこちらでケーブルをつないでやらねばならないのだ。

よく考えたら三葉虫くんはルンバ殿下より手厚い保護を受けてる気がする。

とはいえ三葉虫くんはきちんと働いてくれる。人間が朝起きて顔洗って飯作って食って皿洗いしてると掃除が終わってるのだ。

ありがとう三葉虫くん。

たまに三葉虫くんは椅子の足の隙間に挟まってもがいてる時もある。椅子の足ばかりは換えるわけにもいかないからしょうがない。

ルンバ殿下とちがって脳みそのできがよくないので仕方ない。たまに力尽きて黙ってる時がある。

三葉虫くんが椅子の足に捕らえられ、苦闘と強いられたすえに沈黙した姿を見ると、私は『貧困』という言葉の実体だと思うのだ。

三葉虫くんが人工知能っぽいものをもたないのも勝手に充電しないのもタイムセール8千円なのも持ち主の私のせいである。

ルンバ殿下を贖えない我が生活力のなさは私のせいというより氷河期という時代が8割くらい責任がある。

よく世の中に不平を言うな、自分の不幸を時代の責任にするな、と言うやつがいる。だが私は氷河期という世代の1人として、「そりゃあ勝ち逃げしたやつの遠吠えじゃねえか」と思う。

だれだって自分が一人勝ちしてるゲームのルールを変えられたくないだろう。

だからこそルールの不備に苦しんでる人間に向かって「自分が有利なルールなのだからお前は不幸なままルールに文句を言うな、もちろん俺が勝ち続けるためにお前が災難であろうとルールを変えようなどというな」とほざくのである。

そういったことを考えつつ、私はため息をつきながら、息絶えた三葉虫くんを拾い上げてやるのだ。

かれは狭いところから解き放たれると喜んでまた騒ぎ始める。かれは自分が8千円だなんて知らないしロボット三等兵呼ばわりされることもルンバ殿下と比較されることも知らない。

それは三葉虫くんのせいじゃない。

ただ、もしルンバ殿下が買えるような身分になっても、私は三葉虫くんが壊れるまでは三葉虫くんを使ってるのだと思うのだ。次はルンバ殿下が欲しいけど。

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